港川人とは、ガンガラーの谷から約1km離れた石灰岩採石場で、1970年に発見さ れた人骨化石です。発見された人骨は、頭から足の先まで揃い、保存状態が非常によ く、現代の私たちに多くのことを教えてくれています。

 彼らは、約1万8000年前の旧石器時代に実際にこの地に生きていた、私たちと同じ 人類(ホモ・サピエンス)。身長はおおよそ150cm前後で、現代人に比べると小柄です。 その骨格から、森の中を歩き回りながら狩猟採集の生活をしていたであろうと推測 されています。

 現在判明している世界最古の人類は、アフリカ中部で発見された約700万年前の 猿人トゥーマイ。その後、様々な人類が誕生し絶滅しました。そして、私たちホモ・サ ピエンスは今から20万年ほど前にアフリカで誕生。10万~6万年前にアフリカを飛 び出し、世界中へと旅立ったと言われています。

 では私たちの祖先はどのような経路で日本に辿 り着いたのでしょうか。港川人の発見は、日本人の ルーツを探る重要な手がかりとなっています。港 川人が、日本本土に渡り日本人の祖先となった可 能性があります。遠くアフリカから沖縄に辿り着 いた先人たちは、この地を飛び出し、また北へと向 かう旅を続けたのではないでしょうか?

※港川人に関する資料は「沖縄県立博物館・美術館」「八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館」でご覧になれます。

 港川人が発見された場所は、フィッシャーと呼ばれる 岩の割れ目です。なぜ、この場所に港川人が居たのかは明 らかになっていませんが、そこは彼らが生活できる場所 ではありません。では、港川人はどんな場所で生活をして いたのでしょうか?

 現在も港川人に関連する発掘調査は、国立科学博物館、 東京大学、沖縄の地元研究者によって結成された「沖縄更 新世遺跡調査団」と、「沖縄県立博物館・美術館」によって 続けられています。ガンガラーの谷内にある「武芸洞」は、 港川人発見場所から近く、付近には川も流れ、東西に二つ の入口がある明るく乾燥した洞窟です。旧石器時代の生 活場所として好条件であるとの見方から、2007年から調 査対象場所となりました。


写真提供:沖縄県立博物館・美術館


 2007年、2008年の調査では数多くの土器や化石が発見されました。沖 縄本島南部初の約6000年前の爪形文土器片や、約4000年前の火を焚い た炉の跡、石斧、多量のイノシシ骨などが掘り出され、遂には洞窟の中か ら石の棺に入った人骨が出てきました。約3000年前の石の棺が地表面の すぐ下から発見されたのです。保存状態も素晴らしいこの化石たちは、 たくさんの情報を科学者たちに提供してくれています。

 これまでの調査で、武芸洞は約6000年前から人々の生活の場所として 利用されていたことが明らかになりました。

琉球新報 一面掲載 沖縄タイムス 一面掲載

 数多くの化石が発見されていますが、武芸洞と1万8000年前の人類、港川人を結び つける発見はまだありません。しかし、数千年前にこの場所武芸洞にいた人類の事実 が、毎年少しずつ明らかになっています。

   風雨にさらされないこの場所は、化石の 宝庫かも知れません。発見された化石の多 くは、地表面に近い場所から出て来ていま す。まだ掘り進んでいないその下には、 6000年以上前の生活跡が残されている可 能性があります。私たちはまだ、ほんの一 部しか知らないのです。

 今後も続く発掘調査で、武芸洞に眠る日 本人のルーツの謎が解き明かされていく のかも知れません。


写真提供:沖縄県立博物館・美術館